泡のように見る

たーぼー (126.193.86.51)  

新年明けましておめでとうございます⛩ かなり久しぶりに書き込みます。 時々はこのサイトは拝読させてもらってたのですが、何故か書き込む気持ちになれなくて、読んでおしまいにしていました。 ショーシャンクさんの書き込みを見ていると、いつも不思議な感じになります。 実在するのは唯一の意識だけであり、この現象全てはその実在が見ている夢であると確信を持っている一方で、株や世界情勢など世俗に関わる話も自然にやっていて面白いなといつも思っています。 私はそこが上手く出来なくて、形而下の話をするとその話にのめり込んでしまい、全ては虚偽だと言うことも忘れて熱くなったり、形而上の話を始めるともう世俗の話なんぞどうでも良くなってニュースも見なくなります(笑 バランスが上手く取れないというのか、何かコツがあるのでしょうか?
 
 
明けましておめでとうございます。
確かに、私も、精神世界の方にどっぷり浸かって、この世の価値を感じ取れないときもありました。そういうときは非常に中途半端なのです。つまり、精神世界に行っているわけでもなく、この世を十全に生きているわけでもなく、宙ぶらりんでエネルギーがどちらにも発揮されない状態です。
しかし、少しずつ、意識が広がって、この世を固定したものでなく泡のように見ることができはじめると、エネルギーが引き裂かれることがなくなってきます。
言い換えると、『俯瞰して見る』ということになるかもしれません。
 
この見方は、この世に対処するためには非常に役に立ちます。
意識が広がり、俯瞰して見るようになり、この世が泡のように見え始めたら、ただの気の流れのように感じます。
この、気の流れを感じることができれば、世界や時代の流れをほんの少し感じ取ることができます。これは事業をしていても、株などの投資をしていても、いろいろな決断に非常に役立ちます。
また、俯瞰してみることができると、人との交渉などは上手になります。
自分の精神だけが主体だと思えるようになりますから、人にどのように悪く思われてもあまり気にならなくなり、こちらの最大利益が得られるように交渉を進めることができます。自分がどう思われるかばかり気にする人はそこが弱みとなって下手な交渉しかできません。
 
臨済のように、自分の精神だけが絶対の主体だと思えるようになれば、この世の対処も矛盾なくうまくいくと思います。
 
精神が無量であれば、目の前に現れる現象も無量になるはずであり、富も無量であるのが本当です。
 
刻々と変化する国際情勢も、あるいは歴史を見ても、すべて気の流れということがわかれば、面白くて仕方なくなります。
 
 
たーぼー (126.193.86.51)  
返信ありがとうございます。 ちょっとショーシャンクさんの十二縁起の無明からの説明をもう一度してもらえないでしょうか? 仏教コーナーの方がいいですかね。 無明は形成する意思でしたね。 出来るだけ平易な言葉を使ってもらえると助かります。 なんて言っても学がないので、難しい文章が読めないのです(涙) お時間空いた時でもよろしくお願いします。
 
わかりました。それでは、ブログ『仏教についてのひとりごと』に質問してください。まとまった時間があるときに書きますね。