Bar Scene | Doctor Sleep Director's Cut
映画『シャイニング』の大ファンである私は、『ドクター・スリープ』見てみました。
天才キューブリックがいない今、『シャイニング』の崇高さには及ぶべくもないだろうと期待もしていませんでした。
思った通り、ユアン・マクレガーはひたすら平凡な演技で鬼気迫るものが全くなく、全体的にちっとも怖くなく、中だるみもして、結末も不完全燃焼っぽい感想です。
ただ、あのオーバールックホテルが出てきて、『シャイニング』の各場面が思い出されて懐かしかったので、2時間半そこそこ楽しめました。
原作者のスティーブン・キングは、映画『シャイニング』に激怒したことは有名で、テレビドラマ版の『シャイニング』には満足したということで、この『ドクター・スリープ』はどちらの続編になるのだろうと思っていました。
映像としては映画の方を、シャイニングという能力についてはテレビ版の方の続編になっている感じです。折衷案でしょうね。
こういう平凡な作品を見ると、映画『シャイニング』の凄さが再認識されます。
この映画の解説記事を下に載せます。
※※※※※
スティーヴン・キングが『シャイニング』の続編として執筆した小説『ドクター・スリープ』がユアン・マクレガー主演で映画化された。しかしこの映画、原作をそのまま映画化したのではなく、キングが長年否定し続けてきた映画版『シャイニング』(80年)の続編としても作られているのだ。原作と映画の違い、その複雑な関係を解き明かしてみたい。
小説『シャイニング』で重要な“かがやき”
シリーズもの以外、純粋な“続編”を発表していなかった(登場人物や舞台が共通しているものはあったけれど)スティーヴン・キングが初めて続編を手掛けて話題を集めたのが1977年に発表した『シャイニング』の続編にあたる『ドクター・スリープ』(13年)。その映画化が発表された時、多くのキングファンがこう思ったはず。「それって、どちらの続編なの?」と。
ここで『ドクター・スリープ』について語る前に、前作にあたる『シャイニング』について触れておきたい。原作小説は『キャリー』(74年)、『呪われた町』(75年)に続く3作目の長編小説で、キング初の単行本ベストセラーになったもの。超能力少女、吸血鬼に続き、幽霊屋敷を題材に選んだことで、“モダンホラー”という言葉が宣伝コピーに使われるようになったのも本作から。古典的なテーマを現代によみがえらせたという彼の手法が評価されたのだ。
物語の舞台はいつものメイン州ではなくコロラドの山中にあるオーバールック・ホテル。冬の間、雪のために閉鎖されるここに住み込みの管理人として勤務することになったトランス一家が主人公だ。父親のジャックは元教師で、滞在中に小説を書き上げ、作家として名をなそうと考えている。しかしアルコール依存症の彼と妻のウェンディの仲は冷え込んでいて、物事や人の心を見通す能力“シャイニング”(小説では“かがやき”)を持っている5歳の息子ダニーは不吉な予感がしていた。実際にこのホテルには過去にここで亡くなった者たちの悪霊が巣くっていて、それは不安定な精神状態のジャックに憑依、彼に家族を殺させようとするのだった。
この作品は1980年に鬼才スタンリー・キューブリック監督の手によって映画化されて大ヒット。キングの名声を高めることにもなったのだが、じつはキング自身はこの映画に対して否定的であり、何度もそのことを公言している(「空っぽのキャデラック」と比喩したことも)。
理由のひとつはジャック・トランスに扮したジャック・ニコルソンの怪演。「平凡な男が悪霊に憑りつかれて狂っていく」というテーマなのに、ニコルソンの演技は強烈すぎて“最初からおかしい男”にしか見えないのだ。物語の重要なテーマである“シャイニング”にまったく重きを置いていないことも大きい。
否定の最大の理由は、まったく異なる結末
そしてキングが否定した最大の理由はラストの改変だ。原作ではジャックは最後には理性を取り戻して父親として家族を守ろうとするのに対し、映画版のジャックは“向こう側”に行ったまま悪霊の一人となることを選んだのだから。キング自身、『キャリー』で小説家デビューする以前は教師をしながら小説家を目指し、出版社に原稿を送っては没にされる日々が続いたため酒に溺れたこともあった。したがって自分自身を投影していたジャックのキャラの扱いに不満だったのだろう。
後に映像化権を取り戻したキングは(キューブリックが権利を手放す条件は「キングが映画に対する非難をやめること」だったという。しかしキューブリックの死後はまたしても映画への批判を口にするようになったが…)、1997年に自らの製作総指揮、脚本によるTVミニシリーズを発表、こちらでは原作小説に忠実なストーリーが展開する。
映画は長く愛される作品に
しかし、キング自身が気に入らなかったとはいえ、キューブリックの映画は、当時まだ珍しかったステディカムによる廊下をなめるように進む映像、血が噴き出すエレベーター、廊下に立つ双子の少女、バスルームの老婆、生垣でできた雪の迷路(原作では生垣で作られた動物たちが動いてダニーに襲いかかることになっていた)といった強烈なイメージにあふれ、長く映画ファンに愛される作品としての地位を確立した。本作にオマージュを捧げた作品も多く、スティーヴン・スピルバーグ監督の『レディ・プレイヤー1』(18年)に引用されたほか、映画『シャイニング』に隠されたいくつもの謎を読み解こうとする『ROOM237』(12年)という珍品まで作られている。
余談ながら、完全主義者にして凝り性のキューブリックは、この映画の撮影中にもさまざまな逸話を残している。割れたドアの裂け目から顔を出すジャック・ニコルソンの表情を撮るため、わずか2秒間のために2週間を費やし190テイク以上も撮ったり、130テイク以上も撮影したラストシーンをすっぱりとカットしてしまったりと、その専制君主ぶりはすさまじかったようだ。