中国政府の締め付けの対象

教育や芸能界にも広がる

 中国政府によるIT企業の規制は一段と強化されている。それだけでなく締め付けの対象は、教育産業や芸能界にも広がっている。

 そして規制強化の影響は中国国内のみならず、高級ブランド商品を扱う欧州企業にも及んでいる。

 中国は、鄧小平時代の改革開放路線から大きく転換し毛沢東時代の共産党の原点に回帰しつつある。

 明の時代のように、政治が経済を止めることになるのだろうか?

「社会的不満の元凶」がターゲット

IT企業統制をさらに強化

 中国政府の引き締めの対象は、社会的不満の元凶と見なされる産業だ。

 その第1がIT企業だ。IT企業が生み出した技術が中国発展の重要な要因であることは認めても、そこへの富の集中は度を越している。このため、IT企業に対する規制策はますます強まっている。

 中国共産党は、アリババなどに対して共産党の指導に沿うような組織変更や幹部の入れ替えを強要した。サービスの存続を危惧する利用者たちは、資金を失いかねないとの不安を抱き、アリペイからお金を引き出しておくべきかどうか考えているという。

 最近は騰訊控股(テンセント)が狙い撃ちにされている。

 7月24日に国家市場監督管理総局は、テンセントに対して国内大手の音楽配信会社の買収に関連して50万元(約850万円)の罰金を支払うように命じた。

 さらにテンセントが買収によって音楽配信事業で8割を超えるシェアを持ったとして独占的な配信権を解除するよう求めた。

 また、テンセントは7月27日、メッセージアプリ微信(ウィーチャット)の新規ユーザー登録を一時停止した。

 こうしたことを受けて、テンセントの株価は7月に一時、2割以上も下落した。

 8月には国営メディアはオンラインゲームは「精神のアヘン」であるとして強く批判し、これを受けて、テンセント株が再び急落した。

 テンセントはその後、12歳未満の子供に対するゲームを全面的に禁止するとした。8月末には、18歳未満のゲーム利用を、金土日や祝日に1日1時間に限る規制が発表された。

教育産業の非営利化を求める

教育費高騰の元凶が理由

 中国共産党の第2のターゲットは、学習塾などの教育産業だ。これは、教育費高騰の元凶だとされているからだ。

 中国政府は7月24日、学習塾などを運営する教育サービス企業は非営利団体にするとした。週末や休日に学校の教育課程を教えることは禁止。外国人を雇ってリモート教育を行なうことも禁止された。

 この規制で、中国の教育産業企業の株価は大暴落した。英語教育サービス最大手の新東方教育科技の株価は、ニューヨーク株式市場で今年2月には約20ドルだったが、7月29日の終値で2.2ドルにまで急落した。

 新東方在線科技、卓越教育などの教育関連企業の株価も暴落した。

「社会に悪い影響」、芸能界にも介入

報酬規範化や芸能人の思想教育

 中国共産党の第3のターゲットは芸能界だ。

 上海市税務局は、8月27日、女優の鄭爽氏がドラマ出演料などについて脱税や納税漏れがあったとして、2億9900万元(約50億円)の追徴課税・罰金処分を科した。鄭氏はSNSで「社会に悪い影響を与えてしまった」と謝罪した。

 放送業界を監督する国家広電総局は、テレビ局などに対して鄭氏の出演作品の放映や今後の出演を禁じるとした。さらに「芸能人の報酬の規範化を一段と進める」とした。

 ほかにも女優の趙薇氏の名前が、動画配信サービスの出演作品の一覧から削除されたり、作品自体が消去されたりした。

 趙氏は、出資していたメディア会社の株主からも退いた。同氏はアント・グループの株式を持っていたとされ、アリババ創業者のジャック・マー氏との親密な関係が取りざたされていた。

 中国共産党の中央ネットワーク安全・情報化委員会弁公室は、未成年者などから過剰な手段で資金を集める行為を取り締まる方針を打ち出した。

 党中央宣伝部は9月2日、芸能人や企業を党が厳しく管理し、思想教育を強化すると通知し、ファンクラブの資金集めなどに対する規制を出した。

恒大経営危機の陰に規制強化

住宅価格高騰を抑える狙い

 このところの株式市場急落の要因になっている不動産大手・中国恒大集団の経営危機も当局の締め付け強化が背景にある。

 同社株が香港市場で9月20日に大幅に下落。欧米市場や日本市場でも大きく値下がりした。恒大は23日以降に社債の利息の支払いが控え、債務不履行に陥る危険があり、それによって、中国経済全体が打撃を受けるとの懸念がある。

 恒大の経営危機は、住宅価格の高騰を抑えようとする中国政府の政策の結果でもある。

 不動産会社の資産に対する負債比率を抑えるなどの規定が導入されたため、恒大は借り入れが難しくなり、資金繰りに窮することになったのだ。

 6月末時点での同社の負債総額は約2兆元(約33兆円)にも上る。

影響は海外にも及び始めた

中国投資や高級ブランドは転換点

 中国におけるこうした政策転換は他国にも大きな影響を与えている。

 第1に、海外の投資家にとって中国への投資が極めてリスクの高いものになった。

 中国に対する投資によって資産を増やしてきた投資家やファンドは投資の基本的な見直しを迫られる。

 不動産投資はどうだろうか?

 日本でも北海道ニセコなどの観光地や都市のタワーマンションには、中国人富裕層による投資があると言われていた。こうした投資も影響を受けるかもしれない。

 第2は、中国当局が富裕層への締め付けを強化する結果、海外高級ブランドが痛手を受けることだ。

 この動きはすでに起きている。

 8月の後半、「グッチ」「ルイ・ヴィトン」「バーバリー」「カルティエ」「ピアジェ」などの世界的な高級ブランドを擁する企業の株価が、軒並み急落した。

 ポルシェ、フェラーリなどの自動車会社の株価も10%あるいはそれ以上、下落した。

 コロナ前、日本の百貨店では、訪日した中国人富裕者向けの高級ブランドの販売が好調だった。しかしコロナ禍が終息しても、かつての水準には戻らないだろう。

鄧小平路線からの決別

毛沢東時代の共産党に回帰

 こうした当局による締め付けの強化は、習近平国家主席が打ち出した「共同富裕」とつながるものだ。

「共同富裕」は、共産主義の原点への回帰だ(本コラム「中国『金ぴか時代』の終わり、“共同富裕”に企業や富裕層が怯える理由」〈2021年9月9日付〉参照)。

 このような政策が打ち出されたのは、中国の国家政策の基本が大きく転換しつつあることを意味する。

 中国はこれまで40年間、鄧小平氏が敷いた「改革・開放」路線を歩んできた。

 中国を貧困の悪循環から脱却させ、目覚ましい発展に導いたその政策から、中国は決別しようとしている。

 アメリカとの対立も、中国の外交戦略転換の結果なのかもしれない。

 これまでの中国外交の基本方針は、鄧氏が強調した韜光養晦(とうこうようかい)だった。これは、「才能を隠して、内に力を蓄える」ということだ。

 こうした考えから、鄧氏は将来の指導者たちに対して、「アメリカとの協力を発展させ、敵対しない」ことを強く指示した。

 それ以降の中国の指導者は、この忠告にしたがってきた。江沢民氏は対米関係を強め、クリントン大統領の時代にアメリカとの戦略的パートナーシップを結んだ。胡錦濤氏もアメリカとの対立を避けた。

 ところが習近平氏は、それを覆してアメリカとの対立路線に転換したのだ。

 それは、「戦狼外交」(せんろうがいこう)という攻撃的な外交スタイルに現れている。これは、「韜光養晦」からの明白な決別だ。

 米中貿易摩擦は、2018年7月、トランプ前大統領が第1弾の制裁関税を発動したことで始まったと、一般に理解されている。しかし、実は始まりはもっと早かったのかもしれない。

 しかもそれは、アメリカ側から始めたものではなく、中国の外交姿勢が転換したことによるのかもしれない。

 19年10月にトランプ前政権のペンス副大統領は中国批判の演説を行なった。この演説は、当時は異例に激しいものと受け止められたのだが、いま考えれば、中国の外交政策の転換に反応したものだったのだろう。

習氏の「個人崇拝」強まる

文化大革命の再来?

 習近平体制の下で、小中高校では、9月の新学期から「習近平思想」が必修化された。個人崇拝は共産党規約で厳しく禁じられているにもかかわらず、個人崇拝を求めている。

 習近平氏が「特別」であることは、その服装の面にも表れている。

 7月1日、中国共産党創立100年の式典で、天安門の楼台に上がった全員が背広にネクタイ姿だったのに、習氏だけは人民服姿だった。

 15年9月3日の「抗日戦勝利70周年」の軍事パレードでも、閲兵に臨んだ習氏は人民服姿だった。「習近平だけが毛沢東の後継者である」と示しているのだろう。

 本コラム「中国政府の国内巨大IT規制強化は『第3次天安門事件』だ」(2021年7月22日付)で、私は、「いま中国で起こりつつあるのは第3次天安門事件だ」と指摘した。しかし、実はもっと大きな変化なのかもしれない。

 これは、40年以上にわたって続いた改革開放路線からの大転換であり、毛沢東時代への復帰なのかもしれない。そうであれば、「第2文化大革命」と言ってもよいかもしれない。

「政治が経済を止める」

ことになるのか?

 歴史上、中国は常に世界の最先端にあった。この状況が変わったのは、明の時代(1368~1644年)のことだ。

 明朝の中国は、開放政策と鎖国政策(海禁政策)の間を揺れ動いた。永楽帝の時代には積極的な開放政策をとり、アフリカまでの大航海も行なった。

 ところが、15世紀の中頃から鎖国政策に転換し、儒者による政治が行なわれた。彼らは「中国の繁栄の源は農業のみ」という理想を持っていた。

 そして中国は、中華思想に凝り固まり衰退していった。

 政治が経済を止めたのだ。

 いま再び、中国では政治の力がすべてを凌駕しつつあるように見える。

 こうした事態に対して、日本を含む民主主義諸国はどのような対処をすべきなのだろうか?

 この問いの重要性がますます強まっている。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)

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